富山の水のごとく、しなやかに。 SCOP TOYAMAのユニフォームができるまで

川島真理子さん(tufe/neat Design代表)

SCOP TOYAMA創業支援センターを訪れると、揃いのユニフォームを着たスタッフが出迎えてくれる。さっと羽織れるノーカラーのコートで、シンプルながらどこか印象に残るデザイン。ライトグレーの良質な生地は、地元・富山県の企業の素材を取り入れた。アンシンエトリーに流線型の切り返しが入っていて、それはSCOP TOYAMAの歩廊を表している。「まるで、富山の水のように透明感と、しなやかさがある」と相澤が評価する、服飾デザイナーの川島真理子さん。ユニフォームのブランド「neat Design」として、富山を拠点に活動している。SCOP TOYAMAのユニフォームから、川島さんのデザインを紐解いていく。

3棟をつなぐコンセプトをユニフォームで表現

── 富山県の移住・定住促進創業支援施設「SCOP TOYAMA」では、スタッフは揃いのユニフォームを着ていますが、これは川島さんがデザインされたのですよね。そもそも、建物の整備から運営の準備など、開所でものすごく忙しいはずなのに、なぜSCOP TOYAMAにユニフォームが必要だったのでしょうか?

 

 

相澤:  そもそも「制服って何だろう?」という問いがありますよね。ユニフォームをつくる側の思惑はいろいろあるのでしょうが、みんなが同じものを着ることで、チームとしてのプライドや意志、連帯感や結束を調整するのには、すごく大切なものだと考えます。ユニフォームが格好いいからこの会社で働きたい、というモチベーションに直結する。
SCOP TOYAMAの場合は、3棟の建物の真ん中に創業支援施設があり、その両サイドに移住・定住促進の居住空間があって、暮らしの中に働く場所がある。暮らしの中に熱量がありすぎると疲れるので、その居住者たちをサポートするスタッフたちは、絶妙にゆるくないといけない。SCOPのスタッフには常に「がんばらないようにがんばれ」と言い続けてきました。一方で、仕事はあくまでも創業支援で、相談者の御用聞きではないので、緊張感とゆるやかさのバランスが大事。その緊張感を維持するために、個人的には制服が必要だと思っています。そのユニフォームは、スタッフが着たいと思えるようなものが必要でした。
それで、事前に富山県のことをいろいろリサーチしている中で、川島さんを紹介している記事を読み込んで、我々が考えるユニフォームを作ってくださる人だとシンクロしました。お会いしてすぐにオーダーして、「上から羽織れるものがよいです」くらいしか頼んでいないです。ロゴは入っていても、いなくても。ほぼ川島さんにお任せでした。

 

川島真理子:服飾デザイナー。ユニフォームブランド「neatDesign」、「tufe」代表。文化服装学院を出て、YOJI YAMAMOTO入社。N.Y.での経験を経て2012年、富山県で創業。SCOP TOYAMAのユニフォームデザインを手掛け、2023年には「ユニフォーム/衣展」を開催。

川島: 相澤さんの第一印象は、すごくスピーディーで、何事もパパパっと決めてくださって、すごい、新幹線みたいな方だなと思いました。私は当時、富山で創業して10年ほどで、田舎慣れしてゆっくりしているので、やば、ついていけない、と(笑)。
ユニフォームのオーダーについては、これまでも企業から依頼を受けており、デザインやポケットの数など、細かく指示されることはあまりなかったんです。会社のコーポレートカラーがガンッと入って主張するものよりは、さりげなさというか、ちょっとしたところに「おっ!」という喜びや格好よさを入れられるようにしていますね。

 

相澤: 川島さんに対して直感的に思っていたのは、一本筋が通っている人だ、ということ。ウェブサイトからも、透明感というか、むやみやたらと明るくすることはなく、相手のオーダーに合わせてしなやかにデザインしていく仕事ぶりが見えました。川島さんご本人の我を出さないというか、水というか透明な感じというか、透明感があるのにすごくしなやかというイメージが、お仕事をご一緒していける確信に変わりました。

 

 

川島: SCOP TOYAMAを内見した時に、設計を手掛けた建築家の仲俊治さん(仲建築設計スタジオ)が、「縦糸を既存の建築物の骨格、横糸を横断的な通路に見立て、生活環境を編むのがこの建物のテーマだ」とおっしゃったので、ユニフォームにそのテーマを取り入れようと思いました。シンプルに縦糸=建物は肩線ととらえ、これは必要な縫い目を表現する線。横糸は新たにデザイン線を入れる。建物の構造を肩の流れの切り替え線などで表現しようと思いつきました。SCOP TOYAMAの屋根がついた歩廊、貫通路が、独立した三つの建物をきれいにつないでいるのが素敵だなとおもって、それをデザイン線に入れました。この間通路は、敷地内にうまく曲線で入っていて、アシンメトリーになっている。もちろん縫い目は直線でもいいのですが、建物の見取り図をもらって、それを再現できるように曲線を肩線に入れて、背中にベルト横一文字に入れてシルエットにしました。生地は富山の会社が製造したトリコット生地を採用しました。布帛(ふはく)とニットのいいところどりで、ストレッチ性があって形状が崩れにくく、速乾性があるという特徴があります。

 

相澤: その土地の方にその土地ならではのものを作ってくださいというオーダーを仮にするならば、たいていの場合、地場産業の話になる。地元の素材を使おう、と。それはそれで自分はウェルカムだが、このユニフォームの面白いのは、地のものを使うのは要素としてもちろんあったものの、建築的な図面を使うということ。これは、建築家の仲さんが喜ぶだろうな、と。仲さんはこの建物のコンセプトを発案した4人の高校生の思いを継いでいる。そしてこのユニフォームは仲さんの建築思想を汲んでいる。ユニフォームができあがっていくプロセスについて、激しく同感しました。

 

「業」につながる展示を切り拓いた

── こうしたユニフォームづくりのプロセスを経て、2023年10月から11月にかけて、SCOP TOYAMAの2Fギャラリーで「ユニフォーム/衣」展の開催に至ります。

 

相澤: 自分は横浜の「創造都市」政策における「芸術不動産」事業に関わっていることもあり、ギャラリーが日常生活の中にある大切さを知っているんですけれども、その環境がないところに同じものをつくろうとするとめちゃくちゃ時間がかかる。ここが交流施設であればアートの展示でいいのですが、SCOP TOYAMAは創業支援という目的が明快なので、ただアートを置くというのは地味に難しいんです。アーティストに恩恵がない状態でアートを展示するのは、アーティストに対する冒涜でしかないと思っていたので。ギャラリーの稼働率をめちゃくちゃ上げることが我らの使命ではないですが、今ここにある空間を活かせない状態もイヤで、そこにプロダクトがあることが大前提だと思って展示の方向性を検討していました。

このユニフォームを作る過程で、川島さんがいろんな企業のユニフォームをつくっていることや、生地ができるまで、デザインができるまでのプロセスを、一連のストーリーとして見せられるかもしれないということがわかりました。川島さん自身の持っている創業の話はこの館のもっている役割とシンクロする。その文脈で展示をお願いしました。

結果、どハマりどころか、めちゃくちゃいい展示でしたね。あれを見て、スタッフや県の人も、「(ギャラリーについて)こういう使い方ですね」と納得した。それを機にわかりやすくギャラリーの稼働率が上がりました。

 

 

 

── アートの鑑賞のように、見た人の心の豊かさを育む展示との一番の違いは、それが「業」につながる展示になるかということ。新たなプロトタイプができたのですね。

 

川島: ユニフォーム/衣展は私にとってお久しぶりな展示でした。これまで私がやってきたのは、新しい服ができた時の、ショップさんへの受注会のような展示だったので、どうやって見せようか悩み抜きました。要は私を知ってもらって、どういったプロセスを踏んで、どうしてこの最終形になったのか、図で見てもらって、洋服ができるまでを知ってもらえればいいのかなと。

今までつくってきたユニフォームって、もう、空間ができていて、ポケットがあって撥水性があって、こうした機能が必要で、という、お客さまの要望を形にするのが基本形です。SCOPの場合はオーダー時にはまだリノベーション中で、自分の感覚を呼び覚まさないとデザインが出てこなかったので、同じユニフォームではあるけれども、これまでとは全く違うものができあがりました。日常着をデザインしていたころの自分を呼びさますような感じでした。

ユニフォームって、ONとOFFを切り替えられるような装置ですよね。衣服とはノンバーバル(非言語)コミュニケーションの一つで、声、言葉、表情以外の表現方法だと考えます。自分を表す大事な要素で、連帯感や一体感を高める役割も果たします。それをこのユニフォームで作り出すことができたらうれしいですね。

 

透明な水の温度感が変わるような、そんな富山の変化

── 川島さんが富山で服飾デザイナーとして創業したのが2012年。その10年後にSCOP TOYAMAのユニフォームデザインに関わって、SCOPが富山に根づいてきて。SCOPがある前と後とで、富山県における創業機運の変化をどのように感じていますか?

 

川島: 私は専門学校で服飾を学んで、その後、世界的なブランドに就職して、作る方をやりたかったのですが、販売を担当していました。その後、渡米してニューヨークで暮らしていた時に出会った人たちが、みんなそれぞれの故郷に対して愛国心や愛郷心を持っていて、それぞれが故郷の魅力を熱く語る。私は、自分の国のこと、故郷のことを何も答えられないことに恥ずかしさを覚えたんです。

それで私の地元の富山に何があるんだっけ? と思って、富山に戻ってみたら、テキスタイルやガラスが有名で、素敵なものづくりがあるのに、私が東京や海外に出ている間に、なかなか寂しい街になっていたことに気づきました。そこで、洋服で富山を元気にしたいな、と思うようになりました。幸い、インターネットも普及してきて、地方でも洋服をつくって発信できるはずだと。実際そう簡単ではなかったのですが。

 

 

相澤: 初めて富山に訪れて、駅を降りた時の第一印象は、「ここは、観光地ではないな」ということでした。観光ウェルカム!みたいな派手さがなく、だからこそ変な距離感を感じない。お魚がおいしい、寿司がうまい、そして何よりも水がうまい。水がうまいというのは、こういうと元も子もないですが、あらゆるものがおいしいんです。その時点で、自分の中では「素地がいい土地だな」と思いました。それから、海と山の距離が物理的にめちゃくちゃ近く、自分の中にある種の透明感を与えてくれて、それはすごいインパクトでした。

その後、富山県をさまざまな角度から調査、分析していくことになるんですが、三世代同居が多い、製造業が多い、だからこそ経済状況が安定しているという面が浮かび上がります。また、持ち家比率が高く、かつ家が大きい。この背景に何があるのだろうということは仮説的にすぐ浮かび上がります。

 

川島: 富山は製造業が強いので、みんな黙々と与えられた仕事を頑張る人が多い印象です。創業したり、何か他の人と違うことをやろうという人が、ちょっと少ない土地柄だと多います。若いうちから安定収入を得て、20代で家を持つ人が多い気がするので、それは他県とは違う特徴なのかもしれません。

 

 

相澤: 富山県は三世代同居がデータとしても如実に表れている地域です。共働きですら大変なのに、昨今男性が家事をやるようになって騒がれているが、なんだかんだ言っても女性に家事の比重がかかり、ましてや三世代同居となれば、仮説を立てるでもなくほぼ女性が縛られていることは明らかです。ちょっと違うことやろうとすると、こっちじゃない、と。そもそも働くことすらさせてもらえない感じがはっきりあった。就業率はすごく高いんですけれど、結婚をして出産をした後の社会復帰が、かなり難易度が高そうだというのがありましたね。

 

川島: 私が富山で創業するにも、それなりに困難がありました。まず相談に行ったら、鼻で笑われて。当時、女性が何か新しいことをやりたいと思った時に、それを応援する機運が全くないという感じでやりづらく、結局、東京時代に知り合ったデザイナーに相談してブランドを立ち上げたんです。

tufeというブランドでレディスの洋服を作っていて、県外のセレクトショップに卸していたのですが、ある時、県内のカーディーラーさんからユニフォームの依頼を受けて、それを手掛けてからビジネスが軌道に乗るようになりました。富山県は製造業が多く、一方で人手不足、特に若手が来ないというのに悩みを抱えていて、ビジュアルでイメージを変えることでその課題を打開していこうという動きがありました。富山で、「ユニフォームで企業をカッコ良くするデザイナーがいる」と話題になり、ユニフォームブランド「neat Design」を立ち上げました。それから、私の仕事で富山の企業のお役に立てるようになったという実感があります。

SCOP TOYAMAのユニフォームの生地をつくっている会社のユニフォームもつくらせてもらいました。サンプルを持って他社に打ち合わせに行くと、富山の素材ってユニフォームに適しているし、見た目の反応もいいし、素晴らしい素材を作っているんだという発見がありました。

 

 

相澤: plan-Aというチームも、BizHike(ビズハイク)の創業ライブラリーに登場いただく方も、結果的には女性が多いな、と思います。我々は仕事においても、創業支援においても、子どものことや社会のことを考えることを軸から外さないようにしています。本来はそこに男性も女性も関係ないはずなんです。しかし、特に富山県では家事や育児を女性に委ねる構造になっているがために、なかなか変われない土地柄や環境の歪みみたいなものを感じて、本当に手を打たないとこの土地から人が離れてしまう、という危惧がありました。製造業が一度倒れたら地域がドミノ倒しのように崩れていくのは、他の地域を見ていてわかっていたので、同じことが富山で起こったらその安定基盤は秒で崩れてしまうだろうと。だから自分の力で生きていく、自分の軸で働くレールを自分で敷いていく可能性を探っていく行為を、ここSCOP TOYAMAで実践していこう、という思いでやってきました。

小さなことでも何かやろうとすると、それなりに周囲の目もあるし、ともすると揶揄されるようなことが今でも普通にあるのは実感しています。この施設がその役割を帯びるほどに、旧来の価値観の人はここの運営者にその目を向けることになるでしょう。それだけの覚悟を持たないと管理者は務まりません。文化を変えるとはそういうことで、いきなり何千人も起業しました、ということにはならないんです。でも、その芽は着々と育って、広がってきています。

 

川島: そうですね。私が創業した当時は、まだ女性が創業することに対して冷ややかな空気感があったように感じていましたが、今、SCOP TOYAMAができて、若い人が発信しやすくなって、創業に対する温かみが少し感じられるようになってきました。これまでの寒色のイメージから、ちょっと黄色っぽい、暖かい色が入ってきて。誰かが起業したら「おお、がんばれよ」という一言を発してくれる人が増えているような気がします。それは、女性に対しても同じです。

私にとって相澤さんは、新幹線、かな。スピード感が新幹線です(笑)。どこにいても、みんな、地域を良くしていこうよということは思っているはずなんですが、ローカル線のようにゆっくりなんですよね。相澤さんはめちゃくちゃレスポンスが早いです。だけど誰も置いていかないよ、と、いつでも寄り添ってくださっている感じもある。乗ったら全然揺れない、安心感のある新幹線のような存在です。

 

Information
https://www.tufe.jp/
〒930-0014 富山市館出町1-4-10
instagram ▷ @tufe_neatdesign
instagram ▷ @neatdesignuniform

インタビュー・文=北原まどか
写真=廣川文花