「子どものことを考える」のは、企業のビジョンに通じる。 つくりたい未来を地面に根づかせる同志

森祐美子さん(認定特定非営利法人 こまちぷらす理事長)

plan-Aの始まりは、相澤の子育てスタートとほぼ重なる。「子どものことを考えるのは、社会のことを考えるのと同義」と常に念頭に置きながら、あらゆる事業を進めている相澤。「まち全体で赤ちゃんの誕生をお祝いし、子育てを応援できる社会になること」を目指し、2016年に横浜市戸塚区で始まった「ウェルカムベビープロジェクト」を運営する認定特定非営利活動法人こまちぷらす理事長の森祐美子さんと、その選考委員を務める相澤が、出会いから現在、未来の子育て環境について語り合った。

子ども・子育ての経験を「自己開示」する3枚の葉っぱ

── 相澤さんはお子さん誕生後の2019年からウェルカムベビープロジェクトの選考委員を務めていますが、そもそも森さんとはどのようなきっかけでつながり、子育てで交わるようになったのでしょうか?

 

 

相澤: 前職のリスト時代に、戸塚区深谷町で160棟のエコハウス群をつくるという大規模開発を担当していました。竣工して2017年に入居が始まったのですが、おおよそ2年ほど前の2015年ごろから現地に足繁く通っていました。その開発で、街の中の共用設備として横浜市の子育て支援拠点を作る可能性があるのかを探る必要があり、戸塚区で子育て支援活動をしている方との接点構築をしたいということで、こまちぷらすの森さんを訪ねました。

 

 

森:  おそらく2016年ごろだったと思います。当時、ウェルカムベビープロジェクトが始まるころで、パートナーのヤマト運輸さんと初めての「葉っぱのワークショップ」を開催する時に、相澤さんが参加してくださって。その時の相澤さんの語りが印象深く、鮮明に覚えています。

 

── 「葉っぱのワークショップ」は、横浜市の子育て環境に対して、当事者の声を集めたパブリックコメントの中から代表的な100程度の声を選んで、葉っぱの形にした約100枚のカードに転記したもの。ワークショップではその葉っぱカードの中から、自分の気持ちに近い3枚を選んで、横浜での子育てに対して自分が考えていることを語るツールとして使っています。葉っぱカードというツールがあることで、その場に集まった人たちと子育てについて本音で語り合える機会が生まれています。

 

 

森: 「3枚の葉っぱのワークショップ」が誕生したのは2015年でした。横浜市が「子ども・子育て新制度」を2015年にスタートするのにあたり、2014年にパブリックコメントを募集することになり、子育て支援をしている市民団体と一緒に「よこはま子育てワクワク作戦」を立ち上げ、1562件の声を集めて、横浜市こども青少年局に届けました。そこには、子育てに対する社会の目が冷たいとか、子育てのしんどさとか、切実な声がたくさん集まっていたのですが、声を届けた帰り道に、「行政にお願いするだけでいいのかな?」と思ったんです。子育てしている当事者みんなで共通体験をしたり、動いていく積み重ねがないと、子育て環境は変わっていくものではないと思った時に、ここで終わりにしてはいけないな、と。そして、翌2015年、横浜市内の子育て当事者団体のメンバーと新たに「みんなで話そう!横浜での子育てワイワイ会議」を立ち上げました。一人ひとりが出してくれた声をそのままにしない。誰かが「書く」という行為を通して未来に託してくれた思いを見ながら、私には何ができるのか?を当事者として考え、自分ごと化していくことに取り組みました。ワイワイ会議でも、横浜市と一緒に子育て当事者の声を集め、届け、その声から葉っぱのカードをつくっていくことを継続して行っています。

 

 

相澤: 葉っぱのワークショップは、絶妙に設計されているなと思いました。子育ての本音が綴られたそのカードは、ヘビーなものから身近なものまで色々あって、どれも興味深くはありますが、限られた時間の中で全てを見られるわけではありません。その中で、自分の感覚に近いものを直感的に3枚選ぶ行為自体が、自己開示的であると思いました。どうしても閉じ気味になる子育て環境において、こうしたワークショップに参加すること自体も主体的であると思いますが、そこに出てきて安心して自己開示できる仕組みは、子育て環境においてとても大切であり、有効な手法であると感じました。

 

「50年先」の子育て環境を考えて、まちを、事業を開発する

 

森: ウェルカムベビープロジェクトは、横浜市に子育て当事者の声を届ける活動の延長で始まりました。子育て当事者の声から、「地域で子どもを生み育てやすい社会のあたたかい目が欲しい」という声が非常に多くあったのです。2014年12月に、ヤマト運輸株式会社神奈川主管支店の方から、「日本の少子高齢化について課題感があり、地域の子育て環境のために何かできないか」という呼びかけがありました。今後、50年後、100年後を考えた時に、子どもが幸せに育つ、子どもを産み育てたいと思える社会でないと、ものを買いたい人もいなくなり、ものを届ける人もいなくなる、という危機感がありました。

北欧には「ネウボラ」という制度があり、出産した家庭には資金援助と物品援助の贈り物が届きます。経済政策から始まった制度ですが、横浜では経済よりも「子どもを産み育てることに対するあたたかい空気」へのニーズが強いと感じました。物流の会社が荷物を運びつつできることは何か?と考えた時に、「子どもの誕生を地域のみんなで祝福する」という空気をこのまちからつくっていこうと、1年ほどかけて準備をして、ウェルカムベビープロジェクトがスタートしたのは2016年のことです。

 

 

── ウェルカムベビープロジェクトは、その趣旨に賛同した企業や地域の商店などが、対象地域に生まれた赤ちゃんとその家族に「もの・こと」の贈り物を届けるというものです。「まち全体で赤ちゃんの誕生をお祝いし、子育てを応援する」というメッセージを、受け取る方が感じられる「もの・こと」であるかを大切な視点として、贈り物を選考する委員を相澤さんが務めています。

 

相澤: 私がウェルカムベビープロジェクトの選考委員になったのは2019年でした。2017年に長女「のんちゃん」が生まれて、2018年に独立してplan-Aを設立した流れに重なります。

「子どものことを考えるのは社会のことを考えるのと同義である」というのが、私が不動産開発を考える際の大切な軸でした。のんちゃんの誕生以前からこの信念に基づいて動いており、前職時代に戸塚区深谷町の開発に携わっていた時にも、50年後にこのまちがどうなっているのかを常に考えていました。

 

 

森: ウェルカムベビープロジェクトでは、相澤さんの持っている全てが選考委員をお願いするにふさわしいと考えています。発達学やまちづくり、地域での子育て、企業の立場も理解しつつ、お父さんの目線も持ち合わせている。

相澤さんが初めてこまちぷらすの事務所を訪ねてくださった際に、戸塚のまちのY字路に立った時に見える情景について、まるで自分の暮らすまちのように語っていたのが印象的でした。よくよくお聞きすると、本当に毎日のように同じ場所に行きまちの人と会話を交わし、関係性を築き上げてきているのがわかりました。不動産開発ビジネスとして「この物件が売れればそれで良い」という考えではなく、コミュニティの場がいい形で立ち上がり、その先の未来がよくなることを本当に願っている方なんだなと思いました。その姿勢に、ウェルカムベビープロジェクトが目指す社会が重なっているんです。

 

 

相澤: 戸塚の開発では、コンビニやスーパーに毎日同じパンを買いに行き、レジのおばちゃんが「あんた毎日同じパンを買いにくるね」なんてところから会話をしながら、地域のあれこれを地域の方に教えていただいていました。私が不動産開発に関わる時には、どこに行ってもこんな手法でまちに入っていきます。その状態じゃないと地域のこと、ましてやその先の未来を語ってはいけない、というくらいに考えています。

 

 

森: 相澤さんは「ハード」のまちづくりをやってこられたのも大きいですね。50年、いやそれ以上の長いスパンでその場にあり続ける「まち」の未来への視点があるから、50年先の幸せのことまで長期的に考えられるのだと思います。

企業の「未来」へのビジョンが問われている贈り物

 

森: ウェルカムベビープロジェクトは50年先の未来を見据えて行っています。今は即効性のあるアウトプットとアウトカムが求められている時代で、ウェルカムベビーでも2〜3年の短期スパンでの成果を求められます。「実際、何が変わりましたか?出生率は上がりましたか?」といった目に見えてわかりやすい指標を出すのとは違う時間軸で、どうやって粘り強く社会にその意義を伝えていくかを試行錯誤しています。

実際に出産したご家庭に贈り物を届けるに至るまでも、本当に一つひとつ大変なプロセスがありました。行政との連携についても、個人情報の壁があるため、出産する人が自らの意思で出産祝いを申し込むという仕組みにしなければなりませんでした。ヤマト運輸さんが贈り物を運ぶことはできるので、そこから見守り支援や子育て支援などにつなげていくために、泥臭くいろんな人に関わってもらうようにしました。

戸塚では、年間のべ900人の地域住民が赤ちゃんに贈る「背守り」を縫ってくださっています。背守りは子どもの成長を祈って産着の背に一針一針刺繍を縫い付けるもので、ウェルカムベビープロジェクトでは円形のワッペンにして、縫った方からのメッセージも入れるようにしています。今では老人ホームの方や、出産祝いを受け取った方が縫い手として背守りづくりに参加しています。

また、参加企業の方々には、贈り物を受け取った方が、どんな感想を持っているのかをフィードバックしています。ついこの間も、「贈り物が届いた瞬間に涙が出てきて、初めて自分の張り詰めていた気持ちに気づいた。誰かに頼ってもいいかもしれない、頼るべきかもしれない」と言ってくださった方がいて、ちょっとした「おめでとう」という支援が、緊張した心をほぐすようになってきています。ウェルカムベビープロジェクトではビジョンに共感してくださった方の利害関係のない良質なコミュニティが育まれています。何カ所に届けた、何万個届けたという軸とは別次元の、地域を耕していくような地道なチャレンジを続けています。

 

 

相澤: 審査ではもちろん子育て中の「パパ」の目線も大切にしていますが、ウェルカムベビープロジェクトを応援する企業の目線も大切にしています。プレゼントを贈ることで何が変わるのか?企業価値向上につながるのか?数字につながるのか?など、おそらく社内からさまざまな圧力を受けてこのプロジェクトに参画されている担当者が多い。なので、審査というよりも企業に寄り添う感覚の方が近いですね。数年前までは企業のテストマーケティングのような応募があったことも事実なのですが、この1、2年はそうしたケースが全くなくなり、「ウェルカムベビー」の文化が定着していることの証左なのだと思います。

実際に、企業にとってこの取り組みは短期的な利益や、明快な答えを出しづらいものかもしれませんが、「子どものことを考える」というのは、本来は企業体の根幹に関わるど真ん中にあるべきこと。長期的には絶対的に必要な視点なのです。

そもそも、企業には社是、社訓、ビジョンが掲げられており、その原点に立ち返れば、「子どものことを考える」ことを企業文化の中心に据えるのは、ビジョンを達成するための使命や行動指針からブレることはないはずです。そのアクションの一つが、ウェルカムベビープロジェクトに参画することであり、そこから何を得ていくのかを本来企業は考えていかなければならないはずです。その機会を提供できるのがウェルカムベビープロジェクトの最大の強みであり、企業はその参加機会をミッション達成に生かすべきなのです。

 

 

森: ウェルカムベビープロジェクトの場は企業や担当者の葛藤や悩みを一緒に感じさせてもらう機会でもあり、むしろ私たちがそこにどう貢献できているのか?を考えさせられます。

こまちぷらすは、加盟している商店会である「戸塚宿ほのぼの商和会」の事務局もやっています。そこで地域商店の苦悩なんかも知って、一緒に考えて、活動してきたプロセスが、社会における「私」から「私たち」の感覚に変わってきているのを感じます。

“Self as We” その土地のリアルな暮らしの営みに根を張る

 

── ウェルカムベビーが始まって10年目、地域や、社会の変化を森さんはどう受け止めていますか?

 

森: 「self as we」という言葉があります。「私」がいて「私たち」がいた時に、 私たちが幸せだと私も幸せになる。Weの範囲に広がりがあると、本人にとってもコミュニティにとってもいい状態になると思います。ウェルカムベビープロジェクトに関わることで、子どもたちもうれしい、私たちもうれしいという循環をつかめたら、関わり続けることで企業も社員も元気になっていく。心と心がつながる範囲が広がるといいなと思います。

この10年の変化では、個人というところでは、「なんとかなる」と思えることが増えてきように思います。それだけいろんな分野のつながりができて、困ったらあの人に聞けばいいという顔が思い浮かびます。急に学校に通えなかった子が通えるというわけでもない、急にパートナーシップがよくなることもない。抱えている課題の形は変わらないけれども、頼れる人がいることで、見える世界が変わってきます。

目に見えないもう少し範囲が広いところでいうと、こういう場をつくりたいと思ったり、アクションをしようとしたりする人たちがすごく増えています。My ActionとOur Dream、同じような思いをしている人がこんなに全国にいるんだ、と実感しています。みんながアクションしようとしている社会って、とてもいい。たまたまそういう人と出会う確率や総量が増えている感覚があります。12年前にこまちぷらすを立ち上げた時には考えられないことでした。コロナで立ち止まったからこそ、つながりづくりしようという機運を感じます。

最近は海外に行く機会も増えて、日本らしいアプローチとして外から評価をもらえるようになってきています。どこら辺が日本的なのかは言葉に落としきれないのですが、海外はもっと個人主義が進んでいるので、日本はそれに比べてコミュニティを思う文化が残っている気がします。Think, Act, Connect, Local. いろんな人と国や地域を超えてそれぞれの違いやナレッジを共有して、ビジョン、アクションにつながるといいなと思っています。

 

 

相澤: 私自身、勤め人だった時は割と、地域性・社会性・公共性の話は、企業活動の源泉なんだという持論を持っていただけに、開発にあたっても地域最前線を貫いてきました。独立してからさらに視座が変わり、その思いはますます強くなっています。

これからの企業は、今後10年どころか5-6年でものすごく変わるはずです。自社だけでは立ち行かなくなってきて、その時に共創や共助、巡り巡ってくる循環の輪にあることを実感するはずです。だからNPOとか企業とか行政とかもはや関係なく、もうちょっとするとそれぞれの境界線が緩くぼやけていくような気がする。何かを持ち寄ったり、共助したりという要素が、より強くなっていくのではないかと感じています。

今、社会的に小学生、中学生といった若年層に対する「創業支援」の機運が高まってきています。「子どものことを考える」こと自体、企業にとっては良い方に作用していくので、もっと原体験の話として、どう企業や団体を子どもたちに身近に理解してもらうのか。それは、ウェルカムベビープロジェクトにおける周知、伝え方の話とすごく近しい次元だと思います。若年生向けの創業支援プロジェクトをやることが企業にとってのメリットになり、ぐるっとした循環を生んでいきます。企業人たちが地域と関わる現場で泥臭く悩んでいる今の状態の意義がここにある。その積み重ねこそが文化の積み重ねなのかもしれません。

 

森: 特に戸塚で感じるのは、30年、50年スパンでものを見ていく傾向にある地域で、その積み重ねがあってこその地域だと思います。こよりどうカフェの場を提供してくださっている善了寺はそれこそ何百年という歴史があり、私たちはその歴史のうえに活動をさせてもらっています。一つひとつを紐解くと、私が「場」を好きなのは、その土地にゆるがないリアルな生活があり、人がいて、そこでしかつながらない文化があるからなんですね。

 

 

 

── 最後に、このインタビューシリーズでは、定番の質問をしています。森さんにとって、相澤さんを一言で表すならば?

 

 

森: ……「根っこ」みたいな感じかな。なんか、最初は「泥臭い」って言おうと思ったんですよ。でもなんか、泥じゃないし、臭くもない(笑)。

そう、最初に会った時の印象は、もう、地べたに張り付いているような感じで、つくったものをちゃんと地面に根付かせていこうという人だと相澤さんのことを思っていたんですね。私も空か地面かと言われれば地面の人なので、その姿勢に共感します。

根っこで言うと、「菌根菌」ってあるじゃないですか。土の中の環境づくりにつながる話で、こまちぷらすのスタッフミーティングでも話をしたんですが、土の中に隙間があって水が通りやすくなったり、動物や植物や菌などのいろんなものが混じりあって豊かな土がつくられたり。「土の中からの環境づくりが、これからの事業の広がりをつくる」と、常に根っこのことを考えているから、同じ「地面の人」の相澤さんと心が通じるのかもしれませんね。

 

 

インタビュー・文=北原まどか
写真=堀篭宏幸


 

Information
認定特定非営利活動法人こまちぷらす
https://comachiplus.org/

ウェルカムベビープロジェクト
https://welcomebabyjapan.jp/

 


 

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