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【YOXOFES|後編】スタートアップと考える関内における「未来の⼦育て⽀援」シンポジウム
「関内」「子育て」「スタートアップ」をテーマに
去る2024年2月3日・4日の2日間をとおして開催された「YOXO FESTIVAL」(主催:横浜未来機構)。横浜のみなとみらいエリアを中心に、ブースの出展やワークショップなどによって「未来の技術」を体験するフェスティバルでした。このフェスティバルに連動し、YOXOBOXがある関内エリアでplan-Aが仕掛けたのが、「YOXOFES in さくら通りOPEN!」(レポート前編をぜひご覧ください)と「未来の子育て支援シンポジウム」です。「関内」「子育て」「スタートアップ」をめぐって公私を超えて話題は広がり、まさに未来の子育て支援のあり方に踏み込んだ対話の場となったシンポジウムの様子をレポートします。
テーマになった「子育て」は、ここYOXOBOXで2023年に開催した「みらい創造マラソン(みらソン)」での議論から導き出された、関内×スタートアップにおいて街として優先させるべき要素のひとつでした。
シンポジウムの当日は、YOXOFESTIVALのエバンジェリストであり、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部学部長でもある伊藤羊一さんをモデレーターに迎えました。スピーカーには、YOXO Accelerator Programで採択されたスタートアップ企業5社の代表者が登壇。
※2024.2.3 YOXO FESTIVALの告知バナー
関内は、近年タワーマンションの建設などで居住者が増加し、子育て環境の充実もこれまで以上に求められています。シンポジウムの冒頭、口火を切ったモデレーターの伊藤羊一さんは、「スタートアップ企業の皆さんとともに、いかにこの地域の子育て環境をよくしていくことができるか。今後の展望について話し合える場にしたい」と期待を込めました。
登壇した各スタートアップ企業の活動紹介
議論の土台をつくるため、登壇したスタートアップ企業の代表者の皆さんから、それぞれの活動がはじめに共有されました。プレゼンテーションの一部をご紹介していきましょう。
●松岡 直紀(まつおか・なおき)さん|オールコンパス株式会社 代表取締役CEO
オールコンパス株式会社は、スポーツを活用して運動継続をサポートするアテンダントサービスASiRec SPORTS(アシレック スポーツ)を運営しています。アシレック・スポーツは、S.Sクルーと呼ばれるスタッフがオンラインでユーザーに伴走、そっと運動継続をサポートするサービスです。
松岡さんは、自身がハイプレッシャーな仕事をしていた頃、スポーツに救われたという原体験がありました。より多くの人たちに、スポーツを通じて健康促進やストレス解消を図ってほしいという思いから、スタートアップの立ち上げへと至りました。「働き盛りの20~50代は子育て世代ともかぶるため、じつは一番スポーツをしていない世代です。私たちは事業をとおして、この世代をサポートしたいと考えています」と松岡さんは語ります。
※活動について話すオールコンパス株式会社の松岡 直紀さん(中央)。マイクを持つYOXO FESTIVALエバンジェリストの伊藤羊一さん(右)
※スポーツを継続するためにS.Sクルーと呼ばれるスタッフがオンライン上でユーザーにそっと伴走するというアテンダンスサービスASiRec SPORTS(アシレック スポーツ)。
●善積 真吾(よしづみ・しんご)さん|株式会社カマン 代表取締役
テイクアウトフードを購入する際にリユースできる容器を開発し、そのシェアリングサービス「Megloo(メグルー)」を事業化したのが、株式会社カマンです。代表の善積さんが事業をはじめるきっかけとなったのが、コロナ禍にまだ小さかった息子さんの行動でした。「散歩をしているときに、子どもが道端に落ちているごみを拾い始めたんです。なんだか申し訳なく感じ、ゴミ問題に目を向けるようになりました」。特にコロナ渦を経てテイクアウトやデリバリーの需要が増加してからは、年間800万トンのプラスチックゴミが捨てられるようになりました。「Megloo」は時代に呼応した事業として注目を集めています。
環境への配慮も大切にしています。リユース容器には、見た目も美しい三井化学のバイオマスPP「Prasus®」を使うことで、CO2も、容器の廃棄率も9割程削減。現在は全国8都市で「Megloo」の普及をしています。特にスタジアムなど数万人規模の大型イベントにおいて、使い捨て容器を「Megloo」のリユース容器に替える営業活動を、最近は強化しているそうです。
※スライドを見ながら話す、株式会社カマンの善積真吾さん
※地域共通のリユース容器をみんなでシェアすることでテイクアウト時の使い捨て容器を削減する「Megloo」
●境 領太(さかい・りょうた)さん|GUGEN Software株式会社 CEO
「日本では毎年、両親が離婚した子どもが約20万人増加しているといわれています。出生数が年間約80万人と考えるとその数は少なくありません」と、境さんは切り出します。離婚後の子どもにとって大切なのは養育費だけでなく、「離れて暮らす父母と会う機会」です。しかし実際にそういった交流がもたれているのは全体の30%程度だといいます。課題として、離婚した父母同士が、直接的にコミュニケーションを取ることの難しさが挙げられます。そこで境さんは、離婚後の父母間のコミュニケーションを円滑にするために、離婚家庭に向けた面会交流アプリ「raeru(ラエル)」を開発しました。アプリ上では定型文による事務的なやり取りで完結できるため、やり取りをする父母たちの心理的な負担が軽くなります。一昨年から始めた当サービスは、現在3,000人程に利用され、利用者の面会交流の実施は80%まで上がっているそうです。
※マイクを持つGUGEN Software株式会社の境 領太さん
※離婚後の父母のコミュニケーションアプリ「raeru」。アプリを通してコミュニケーションの負担を下げる
●豊田 洋平(とよだ・ようへい)さん|hab株式会社 代表取締役
もともと自動運転や交通DXの仕事をしていたという豊田さん。仕事をとおして子育て世帯にとっては子どもの送迎が重い課題であることを知り、スクールシャトルシェアリングの事業化へと乗り出しました。「子ども専用送迎シャトル hab」は子どもだけでも乗車することができる、相乗りのタクシー配車サービスです。小学生の子どもたちの学校後の習いごとに不可欠な送迎。子どもの習いごとのために、親がキャリアを諦めることにつながったり、逆に親のキャリアを優先することで子どもが習いごとを諦めなければならなかったりと、共働き家庭にとっては難しい課題でした。「子ども専用送迎シャトル hab」では、事前に時間やルートを予約しておくと、行き先が近い子どもたちがタクシーをシェアできるルートが設定され、子どもたちだけで相乗りできるシステムが確立されています。
現在、関内では有償の実証実験を始めていますが、去年3月には無償の実証実験を行いました。そこでhabを経験したご家族の9割が、有償の実証実験でもリピートして使っているそうです。「小学生のお子さまをもつ子育て世帯にとって、学校後の習い事などの送迎をアウトソースすることで、生活そのものが大きく変わるという手ごたえを感じています」と、豊田さんは実感を語りました。
※)hab株式会社の豊田洋平さん
※地域の家庭の送迎環境に合わせてAIが運行ルートを毎月作成。地域のお子様がタクシーに相乗りして習い事や病院など目的地へ行くことができるこども専用送迎シャトルhab
●後藤 清子(ごとう・きよこ)さん|株式会社ピクニックルーム 代表取締役
関内で企業主導型保育園「ピクニックナーサリー」を運営する後藤さんは、保育所の経営だけでなく、子どもたちの放課後の居場所をつくる「ピクニックスクール」や、子育て支援事業など、この地域の子育て環境に関わる複数の事業を手掛けているキーパーソンです。横浜DeNAベイスターズなど、関内エリアの企業との協働にも多くの実績があり、イベントでの連携をはじめ、多方面でネットワークを築いてきました。
今年度は「ペアサポ」と称した、企業を対象にした子育て支援サービスも立ち上げました。「ペアサポ」は、企業で働くワーキングパパ・ママが、子育てに関する悩みや課題を、就労時間内に子育ての専門家に個別相談できるシステムです。さらには企業の制度設計にも働きかけることで、現場責任者や労務担当者も、包括的にケアすることを狙いとしています。
後藤さんは2024年1月に、経済産業省主催の起業家育成・海外派遣プログラム「J-StarX」に採択され、アメリカのシリコンバレーに視察に行っていました。アメリカと日本の子育てを取り巻く状況の違いを肌で感じてきた後藤さん。後半のトークセッションは、その実感のフィードバックから対話がスタートしました。
※株式会社ピクニックルーム・後藤清子さん
スタートアップ企業×関内の子育てトークセッション
各企業の活動紹介が終わると、いよいよモデレーターの伊藤羊一さんと登壇者のトークセッションの時間に。その様子の一部をレポートします。
※前半のプレゼンテーションに続き、後半は5人のスタートアップ企業と伊藤さんのクロストークへ。多くが「子育て」当事者でもある起業家たちの奮闘が語られた
伊藤羊一(以降、伊藤):皆さんのお話を聞いていて、最後にトークセッションの答えみたいなものが見えた気がしたのですが。ピクニックルームさんが、今日集まった4社をネットワーキングして、関内エリアで大規模なアプローチを仕掛けていけばいいのではないでしょうか?
後藤清子(以降、後藤):そうですね。そのつもりで、皆さんとは意識的にコミュニケーションを取っています。
伊藤:後藤さんがシリコンバレーに行かれて、アメリカと比べて感じた子育て支援の違いについて少し伺えますか。
後藤:違いは大きく三つあります。一つは「子どもの権利」についてです。じつはアメリカは子どもの児童権利条約が批准されていません。日本は1992年に批准されているので、アメリカの方が子どもの権利が保障されていないと思いがちですが、まったくそんなことはありません。会社でも、子どもの具合が悪いと言えば、マネージャーが眉一つ動かさず「休んでください」と言う。これがアメリカの社会です。
もうひとつは、アメリカは会社や親戚といったコミュニティのなかにおける子育ての「共助」が浸透してはいるものの、第三者に委ねる仕組みは逆にほとんど見られませんでした。それはアメリカが銃社会であることも関係していると思います。日本と違って、第三者に子育てを委ねることに対する安心感がないのだろうと感じました。ベビーシッターさんが問題を起こす話もよく聞きます。安全・安心に関しては、日本に可能性があるのを感じました。
最後は、アメリカは子育てに対してお金をどんどんかけるという意識が強く、仕組みもあるということ。その点では、子育て支援や教育に肉薄するようなサービスは、国を超えてビジネスを立ち上げていいのだということも強く感じましたね。
※「アメリカでは 、子どもが病気になった社員を休ませずに、子どもの病気が悪化したら、休ませなかったマネージャーがクビになるんです」と話す後藤さん
伊藤:ゲストの皆さんのなかで、いま子育て中の方はいらっしゃいますか?
松岡 直紀さん(以降、松岡):5歳の女の子と、2歳の男の子がいます。ベンチャー企業なので、自分で仕事をコントロールできるところはメリットです。子育て真最中ですが、この期間はある程度子育てに時間を使いたいなとも思っています。
善積 真吾さん(以降、善積)7歳と3歳の息子がいます。妻も横浜で起業しているので、子育て期は大混乱ですが、とにかく色々な人やサービスに頼るようにしています。友達の家や託児施設、ベビーシッターや家事の外注など。外部サービスにとことん頼り、お互いの時間を捻出して、自分たちのやりたいことは諦めない。家族全員が揃うのは貴重な時間になっています。
伊藤:これまでの子育てのなかで、地域のコミュニティなど身近なところでサポートをし合えると楽になるといった感覚はありましたか?
善積:住まいが鎌倉なので、鎌倉のパパ友・ママ友に預けるのは一番気持ちが楽ですね。子どもたちも安心して遊べますし。
境 領太さん(以降、境):小5の娘と妻と3人で暮らしています。私はソフトウェア開発者で、自社を立ち上げたときに社会課題を解決できるソフトウェアをつくりたいと思っていました。知り合いのシングルファーザーが離婚相手とのLINEでのやり取りが大変だという話を聞いて、これは子育てに関わる課題だと考え事業化しました。
伊藤:僕は今56歳ですが、結婚したのが30歳ぐらい。その頃、共働きより専業主婦が多かったのですが、今は逆転して、大体何割ぐらいになっているんでしょうか?
後藤:1980年代ぐらいには専業主婦の割合が6割でしたが、今は3割を切っていますね。
伊藤:娘が中学生の時、不登校になったことがあって。僕はきちんと娘と話をする環境をつくれてきたかなと、思い返したことがあります。
後藤:子育ての過程においては、親御さんのコミットも必要ですが、地域の中で、親以外の人間が接触する機会があるかどうかも大事なことだと思っています。
シリコンバレーでは、図書館や行政機関が行う小学生向けの社会体験プログラム(ボランティア)がありました。中学生や高校生にも、課題を見つけ、解決し、行政に提案する機会を与えるといった、社会参画のスキームがありました。「共助」で子どもを育てることに抵抗がないから、社会と子どもが密接につながるための設計ができている。
子育てを家庭だけで抱えない、地域社会が関わることも必要ではないでしょうか。
伊藤:「共助」という感覚は、善積さんみたいに鎌倉のパパ友を頼るみたいなところにも表れていると思いますが、例えばそのような「共助」は皆さん体験していますか?
松岡:子どもたちがいろんなスポーツをすると、それぞれにコミュニティができるので、複数のコミュニティを頼り合えるといったメリットはありますね。送迎では、お互いが車を出し合うような交流もあります。
※「4~10歳ぐらいまでの間にいろんなスポーツを体験させてあげると、成長過程に合わせて好きなスポーツを選ぶ、考える力や、自己肯定感、決定力など精神的な成長に対してもプラスになる」と松岡さん
豊田:地域における「共助」も大切ですが、僕の会社の場合、子どもタクシーチケットを社員に福利厚生として配って、費用を少し負担しています。会社が社員を支援するかたちも、もっと広がるといいですよね。
松岡:じつは後藤さんから、関内地域では集まれるコンテンツの核がないので、スポーツでなにかできないかといったご相談をいただいたことがあります。スポーツは勝負ごとでもありますが、楽しむものという側面の方が社会的に有用だと考えています。僕たちの会社そのものはコミュニティをつくることを目的としてはいないのですが、ピクニックルームさんと協働することでできることがあれば、考えていきたいですね。
※会場からも、さまざまな意見が飛び交った。「子育ては親の自己満足に陥りやすくなりがちではないか」という問題意識も挙がった
※左から株式会社ピクニックルーム・後藤清子さん、hab株式会社・豊田洋平さん、GUGEN Software株式会社・境 領太さん、株式会社カマン・善積真吾さん、オールコンパス株式会社・松岡 直紀さん、YOXO FESTIVALエバンジェリスト・伊藤羊一さん
関内がひとつのコミュニティになる――地域が共助で子育てを担う未来へ
クロストークをふりかえると、この日の登壇者、子どもに関わる課題にアプローチするスタートアップの起業家たちの多くが、子育ての当事者でもありました。登壇者たちはそれぞれ、日々の生活のなかのリアルな「共助」も実感しながら、子育て世帯が抱える社会課題へのアクションとして事業を展開し、環境を変えていこうと奮闘しています。子どもの送迎相乗りタクシーは、関内エリアの実用化が一層進んでいきそうですし、スポーツを核としたコミュニティが、これからの関内で活発になっていくかもしれません。
モデレーターの伊藤さんは「コミュニティは子育ての文脈だけでなく重要ですが、特に子育てにおいては特定のセグメントにまとまらず、スタートアップ、行政、企業などがフラットに連携していく必要性があります。コミュニティは、結局『地域』ということになっていくんだなとあらためて感じました。これを機に、関内のキーパーソンがつながって、ディスカッションを深めて次のアクションにつながっていくことを願っています」と、この日の議論を結びました。
シンポジウムをとおしてキーワードになった「共助」という言葉。関内という地域をひとつのコミュニティとして捉え、子育てを担っていくイメージが共有されたシンポジウムになりました。
取材・文:及位友美+裴 潤心(voids)
写真:堀篭宏幸